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J-POP TALKIN'(前半)


2012,5,12 
NACK5で放送された「J-POP TALKIN'」
ゆずインタビュー前半の簡単な覚え書きです。

だいたい、こんな流れでインタビューが進んでいった
という、感じで読んでいただけたら幸いです。

こちらの番組
来週の後半が終了後、ポッドキャストで聴けるそうです。




■10周年と15周年の違い

北:「かなり違う。10周年のときは着の身着のままというか、湧いてきたときに音楽を作り、曲ができたらアルバムを作り、ツアーをするという ミュージシャンらしいやり方だった。でも、その方法に限界を感じていたのもこの頃で「ゆずはもっとよくなるのでは?」と思い始めた。その方法として最初はセルフプロデュース(=自立する)を選んだ。2人でやるレコーディングを見直そう。(SAKURA)スタジオを作って身近な音楽つくりをすることで、いろんな方と渡り合える土台作りをしていった」

■『Wonderful World』のときの「カエルの話」が印象深いです

 ※ カエルの話とは、カエルを入れた水を火にかけると、
    カエルは熱さに気付かないまま煮上がって死んでしまうという話。


北:「ゆずという大木になったけど、実は根っこには色々あるんだぞ、という危機感を感じていた。今までやっていたことの見方を変えたら、むちゃくちゃ大変になった(笑)。今まで(スタッフに)助けてもらっていた部分を、なるべく自分たちでやろうとすると、やることがたくさん出てきて大変になってしまった」

■「春風」「ストーリー」はちょうど分岐点になる曲ですね。

北:「『Wonderful World』のときは戦いの日々(笑)だった。ぶつかり合いながらも僕らについてきてくれたスタッフには感謝している」

 ♪ 「虹」

岩:「これまで、いいと思ってやってきたことが、果たしてこれでいいのか?ということに気づいてしまった。楽しくライブでやってきたことも、これでよかったのか?と思い始めてしまった。そのころから ライブが2daysあるときは 1日目を録音して 外音の様子を聞くようにした。外音を(デビュー)10年経って、ようやく気にするようになった」

■その、気にし始めたという何かは?

北:「ホンモノになりたいという意識。プロフェッショナルとしてやっていきたいと思ったから。そのきっかけは小田和正さんとの出会い。音楽に対する小田さんの姿勢に驚いた。今まで10年やってきて、ある程度の山の頂上に上ったと思ったけれど、小田さんに出会って まだまだ高い山があるんだということに気付いた」

岩:「10周年ライブ(『ゆずのね』)のとき、ゲストミュージシャンの方がいっぱい来たが、その中のひとり葉加瀬太郎さんに「ステージの内音がデカイね」と言われて驚いた。「内音をスッキリさせると、音が良くなるんだよ」など、いろいろ教わって目からウロコが落ちた」

北:「自分は充分やれると思ってたが、まだまだだということに気付いた」

■2006年発売の『リボン』で区切りをつけて、30代に入って前半の5年間だったけど
 30代になる前に歌ってた頃と比べて今はどう?


北:「面白い(笑)。30代に入ってから面白くなった。仕事としてまだまだやれることがあると感じて、大変なことだけど、寝れてないけど(※ここで、スタジオ笑い)楽しい」

■15周年ということと、35歳ということと、意識の強さは?

北:「15周年という気持ちの方が強い。15周年で「あ、35歳か」と思う感じ」

■10周年以降の5年間は濃かったか?

岩:「ま、そうですね。薄くはなかった(笑)」

 ♪ 「栄光の架橋[Symphonic Orchestra Version]」

「栄光の架橋」は2004年の曲だけれども
いつの時代も ゆずの傍にあった曲ということで、今回は新たに録り直して収録。
出不精の岩沢さんは初の海外レコーディングとなりました。(と、DJの方が言ってました・笑)





 以上、ゆずインタビュー前半の覚え書きでした。

author:黒糖れんと, category:ラジオレポ, 23:21
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